12月26日、袴田さんの無罪確定後における・最高検と静岡県警の検証結果が公表された、と報道されました。
わたしは、検証結果報告書を入手できていないので、報道機関による弁護団への取材記事をもとに少々感想を述べたいと思います。
記者会見に臨んだ袴田巌さんの弁護団の小川秀世事務局長は、「非常に問題のある調査だ」と厳しく批判しました。なぜなら、最高検の検証結果では、裁判所で認定された捜査機関による証拠捏造(ねつぞう)が否定されているからです。
また、小川事務局長は、最高検の検証が「裁判所で指摘されたところだけに限定された」として、被害者の遺体の状況など、ほかにも捜査に関する不審点を挙げ、「(全体的に広く)検証すべきだ」と訴えました。
わたしの感想👇
*最高検の「報告書」について
静岡地裁の判決で、捜査機関が「5点の衣類」を証拠としてねつ造したと指摘されたことに対しては、最高検の報告は、「現実的にありえない。客観的な事実関係と矛盾する。検察側に問題があったとは認められない」と強く否定しています。「現実的にありえない」とは、さすが最高検ですね、こんなバカにしたことが言えちゃうんですね。証拠は挙がっているし、静岡地裁も認めているのに、「客観的な事実関係と矛盾する」とは、恐れ入ります。捜査機関による証拠捏造は、「現実的にありえない」から、「検察側に問題があったとは認められない」と結論できるとは、さすが国家権力の一翼を担う最高検の言い分だ、と怒りをもってわたしは受け止めています。
「報告書」では冒頭で、まず「無罪の結論を否定するものではなく、検察は袴田さんを犯人視していない」、記されているそうです。が、しかし、そのあとは、地裁への反論となっています。地裁の無罪判決の決め手は、捜査機関が「5点の衣類」を証拠としてねつ造したことが、大いなる根拠になっているからではないでしょうか。
最高検の「報告書」からは、真犯人を逃がしたにもかかわらず、袴田さんを犯人と決めつけ拷問により〝自白〝を強要した・ヒルのような検察の姿が浮き彫りにされています。「検察は袴田さんを犯人視していない」どころか、今でもこの「5点の衣類」を証拠として、袴田さんを犯人視していることがわかります。最高検は、証拠の捏造など「現実的にありえない。客観的な事実関係と矛盾する。検察側に問題があったとは認められない」として、静岡地裁の判決そのものを否定しています。
このような検察の体質が改まらない限り、冤罪はなくならないのではないか、と悔しくもあり、怒りを禁じ得ません。
*静岡県警の「報告書」について
証拠のねつ造の指摘については、「聞き取りの結果、ねつ造を行ったことをうかがわせる具体的な事実や証言は得られなかったが、ねつ造が行われなかったことを明らかにする事実や証言も得られなかった」、としています。
最高検に後押しされたことで、堂々と「証拠のねつ造」などそんなものなかった! と言っているように思います。静岡地裁の判決を否定し、警察組織防衛に汲々とし、あくまでも袴田さんを犯人である、としたいのでしょう。
★事件から4日後の味噌工場の捜査時には、「5点の衣類」はなかった!
昨年、TV静岡ニュースが、元清水警察署・捜査員の証言を伝えています。元捜査員は、「工場の捜査にも入って(実況)見聞時にそういうものがあったら必ず押収する。見落としたということは、ないと思う。事件から1年2カ月後に、衣類のことは、報道で初めて知った。(捜査時に)あれば当然、捜査に関わった私どもの目に触れるだろう。」と証言しています。
第1審公判中に「発見」された血に染まった「5点の衣類」について、検察が「5点の衣類で犯行に及んだ」と主張を変える中(※当初は、パジャマの上にカッパを着ていた、ということにされていた)、袴田さんは「自分のものではない」と否認し、無罪を主張しました。
事件発生時、1966年6月30日のタンク内の味噌の量は、80~120㎏、と記録されています。
1989年、弁護団の行った再現実験では、この量の味噌では、衣類は隠せませんでした。
さて、この元捜査員は、自分たちが捜査しても見つからなかった「5点の衣類」が事件後1年2カ月して見つかった、ということについては、釈然としない思いが残ります。
捜査本部は、当時の記録に、「事件発生当初、工場の捜査を慎重に行うべきだった。深く反省している」と記しています。
元捜査員は、「5点の衣類」を味噌タンクの中に入れたのは袴田さんである、と思い込んでいるようですが、彼の証言が、すでにそのことの矛盾を明らかにしている、と思います。
*最高検が「供述に真摯に耳を傾けたものとは言えなかった」と記載
最高検は、捜査段階の取り調べが非人道的だと指摘されたことについて、「検察官が袴田さんを犯人であると決めつけたかのような発言をしながら自白を求めるなど、供述に真摯に耳を傾けたものとは言えなかった」、としています。
そうじゃないだろう! きれいごと言ってんじゃないよ! 腹が立つ。
警察や検察に問われているのは、袴田さんを犯人と決めつけ、拷問まがいの1日12時間以上の取り調べで自白強要をし、もうろうとした意識の中にいる袴田さんの自白調書を捏造したことが問われているのです。
「部落差別に基づいた警察の見込み捜査が生んだ冤罪事件」とも言われる「狭山事件」で、強盗殺人罪などに問われて無期懲役が確定し、現在は仮釈放中で再審請求をしている石川一雄さんは、逮捕されてから61年がたっています。袴田さんに続くのは自分だと、妻や支援者たちに支えられながら再審を求め続けています。「今でも『見えない手錠』がかかっている。冤罪を晴らすまで死ねない」と語っていますが、その石川さんも証拠を捏造されたのです。
事件後、2カ月ちかくもたってから、石川さん宅の鴨居の上から「被害者のもの」とされる万筆が発見されました。すでに2度の家宅捜索が10数人の刑事が2時間以上もかけて、室内はもちろん、便所、天井裏、屋根上、床下のほか、家の周辺で盛りあがっているところは掘り返すという、徹底的な家宅捜索が行われていました。それが、3度目に、たった2人の刑事が来ただけで、しかもわずか数分の捜索で万年筆が発見されたというのは、どう考えても不自然です。
しかし、この万年筆からは石川さんの指紋も被害者の指紋も発見されませんでした。それに中に入っていたインクは、少なくとも事件の前日まで被害者が使っていたインクとは種類の違うものでした。
このことは、袴田さんの実家から見つかったという「5点の衣類」の中のズボンの切れ端が発見された経緯と酷似しています。実家の捜索は「5点の衣類」が発見された12日後に実施されましたが、①発見した警察官が実家に到着すると1時間前から別の警察官Mが来ており、「タンスの引き出しの中を調べてみてはどうか」と言われて端切れを見つけたのです。②その際、Mがすぐに「『5点の衣類』のズボンの共布」と断定し、捜索を終了させたのです。
この日の警察の捜査の目的は、〝犯行着衣〝とされた「5点の衣類」を自分のものではないと否定している袴田さんに、〔この「5点の衣類」は、犯行時に着ていたおまえのものだ!〕と突きつけるための証拠のでっち上げであったと思います。なんと、卑怯で、姑息な仕業でしょう! 許せません!
さて、最高検と静岡県警の検証結果報告書は、「本判決が『5点の衣類』を捜査機関の捏造と断じたことには強い不満を抱かざるを得ません。」と言い切った畝本検事総長の談話を踏襲しているもの、といえます。無罪が確定した後、その無罪になった袴田さんに対して『やっぱり犯人だと私は思うよ』、と検事総長は言っているわけで、最高検の「報告書」は、「現実的にありえない。客観的な事実関係と矛盾する。検察側に問題があったとは認められない」、と「検証」の名のもとに静岡地裁の判決に組織を挙げて否定してきている、と言えると思います。それは、信頼喪失の警察=検察権力機構を守るための居直りと自己保身に凝り固まっている、と言えます。
しかし、彼らがどのように自己保身に陥ろうとも、やらかしたことそのものはけっして消えない国家権力による犯罪です。(2024.12.31)
【参考】筆者のブログをお読みください 👉「『袴田事件』の冤罪の深層を探る」