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『資本論』に学びながら、世の中の矛盾について考えたことをつづっていきます。

「大川原化工機事件」の深層――「事件」は捏造された!

📝はじめに――冤罪事件の概要

 「大川原化工機事件」とは、まさに警視庁公安部と東京地検によって捏造された「冤罪事件」といえます。

 

社長ら3人の逮捕前の事前捜査

 問題となったのは、大川原化工機が製造する「噴霧乾燥機(スプレードライヤ)」で、液体を高温のヒーターで乾燥させ瞬時に粉に加工するものであり、粉末コーヒーや粉ミルクなどの生産に使われるものです。大川原化工機は中国など海外にも販路を広げて、「噴霧乾燥機」のリーディングカンパニーとして国内トップシェアメーカーでした。

 警視庁公安部(外事一課第五係)は2017年5月ごろから捜査を開始し、2018年10月、「噴霧乾燥機」は生物兵器の製造に転用可能であるとして、国の許可を得ずに中国に輸出したとする外為法違反容疑で、関係先を一斉に家宅捜索。大川原化工機の社員約50人が、延べ291回もの任意聴取を受けました。

 

3人の逮捕とその理由

 2020年3月11日、生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥機(RL-5型)を経済産業省許可を得ずに、2016年6月2日にドイツ大手化学メーカーの中国子会社に輸出したことが外為法上の輸出管理規制に違反するとして、大川原化工機の社長ら3人が警視庁公安部に逮捕されました。その後、社長ら3人は、3月31日、外為法違反(不正輸出)として起訴されました。さらに、別の噴霧乾燥機(L−8i型)の大川原化工機株式会社の韓国子会社への輸出について、2020年5月26日に大川原社長ら3名の再逮捕および勾留請求がなされ、同年6月15日追起訴されました。

 国際ルールの制定を受け、日本においては政省令が2013年に改正され(2013年10月15日施行)、噴霧乾燥機が規制対象に加えられました。省令(貨物等省令2条の22項5号の2)において定められた噴霧乾燥器の規制要件は、イ~ハの3条件です。これら3つの要件にすべて当てはまるときは、経産省の許可が必要となります。

 問題にされたのは、このうちの「ハ」の条件です。

ハ 定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの

 これは、扉を開けたり装置を移動したりせずに内部の滅菌・殺菌ができるもの、という条件のことです。

 このことについて、高田弁護士は、次のように説明しています。

 「定置した状態で内部の滅殺菌をすることができる噴霧乾燥器のみが規制対象とされるのは、定置した状態、すなわち装置を分解せずにそのままの状態で、内部の滅殺菌をすることができなければ、病原性微生物が製造者や外気に拡散して人が被爆する危険があり、生物化学兵器の製造用に安全に使用することができないからである。噴霧乾燥機による乾燥工程の際、製造された粉体の大部分は製品回収用のポットで回収されるが、装置内部に付着ないし堆積した粉体は回収されずに残る。細菌等の粉体を安全に繰り返し製造するには、製造された粉体のうち製品として回収されない全ての粉体に含まれる細菌等を、曝露させることなく殺滅することができなければならない。
 そのため「定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの」のみが規制の対象とされているのである。

 以上の趣旨からすると、『定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの』とは、粉体が洩れないように、分解せずに装置内部のすべての箇所を滅菌又は殺菌された状態にすることができるもの、を意味すると解される。」

 さて、社員たちは、「噴霧乾燥器機」が国の輸出規制対象に当たらないことを証明するために、72回もの実験を繰り返しました。炭疽菌(たんそきん)などを製造するには、機械を扱う人が細菌に感染しないよう、内部の菌を熱で全て死滅させなければなりません。しかし、温度が上がりきらず菌が生き残る箇所があることが実験の結果、検証されました。乾燥室内およびサイクロンへのダクト部内に、内部温度等を測定する計器を挿入するための「測定口」と呼ばれる突起部位が存在し、非常に熱風が通りにくい構造であるため温度が特に上がりにくいデッドポイントになっているのです。つまり、「噴霧乾燥器機」が輸出禁止の条件には当てはまらない、ということが実験で証明されたのです。「噴霧乾燥器機」の設計者で、勾留中に亡くなった元相談役の相嶋さんも、2019年1月24日、任意の取調べを受けた際、「マンホール、覗き窓、温度計座、差圧計座および導圧管等極端に温度の低い箇所があるため、完全な殺菌はできない」、と供述していたとのことです。

 このことは、しかし、実験するまでもなく、温度が上がらない箇所があることは、この業界では常識なのです。

 

無実を訴え続けた3人

 2021年2月5日に保釈されるまでの間社長ら3人は一貫して無実を訴え、約1年間拘留され続けました。その間弁護人により5回(相嶋さんについては、7回)の保釈請求がなされたが、いずれも裁判所により却下されました。その理由は、いつも「罪証隠滅のおそれ」でした。技術者で元顧問の相嶋さんは拘留中に癌が発覚したのにもかかわらず、保釈請求が却下され続け「裁量保釈」も認められず、入院して適切な治療を受けることができませんでした。やっと「勾留執行停止」になり入院した時はすでに手遅れで、末期でした。3人の勾留から約9ヵ月たった2020年12月28日、いったん保釈が許可されましたが、5時間後に覆され、最終的に保釈が認められた2021年2月4日の3日後に、「被告」のまま無念の死をとげました。社長の大川原さんと元取締役の島田さんは、保釈条件に相嶋さんとの接触禁止があったため、相嶋さんの最期に立ち会うことができませんでした。 

 相嶋さんは、妻との面会時に、病気で苦しんでいるのに適切な治療が受けられず、日に日に弱っていく姿を目の当たりにした妻が、「ウソでもいいから『やりました』といって出てきたら?」と言ったことに対して、無言で返しました。弁護士から差し入れられた相嶋さんの「被疑者ノート」には、〝専門医にかかりたい〝〝すべて黙秘する。負けるな!〝と書かれていました。相嶋さんは、無実であることを訴え続け、信念を貫いた、不屈の人だったと思います。

 

初公判直前の「起訴取り消し」??

 さらに、驚くべきことに、東京地検は、初公判の4日前の2021年7月30日、突如として、各噴霧乾燥機について「法規制に該当することの立証が困難と判断された」との理由から「起訴取り消し」を行いました。大河原化工機の「噴霧乾燥機」には熱風を吹き込んでも温度が上がり切らない箇所があり、それでは細菌が死滅しないため生物兵器の製造に使えないということが認められ、それが起訴の取り下げにつながった、ということです。

 しかし、この「起訴取り消し」を行った当日は、公判前整理手続(※)によって、弁護側からの証拠開示請求に対して検察官が公安部と経産省とのやり取りを記した大量の捜査メモを、東京地裁に提出する期限日でした。裁判で、公開されては困ることが書かれていたのでしょううね。弁護団は、黒塗りでも構わない、と言ったそうなのですが……。

〔※裁判官検察官弁護人が初公判前に協議し、証拠や争点を絞り込んで審理計画を立てる。公開、非公開の規定はないが、慣例として大半が非公開。この制度の下では、争点整理に際しては十分に当事者が証拠の開示を受ける必要があることから、検察官および弁護人に一定の証拠開示義務が定められ、裁判所による証拠開示に関する裁定制度が設けられた。〕

 この東京地検による「起訴取り消し」を受け、東京地裁は8月2日に公訴棄却を決定しました。まったく、許せない話です。

 

大川原化工機側が東京都と国を訴えた!

 2021年9月8日、大川原化工機の社長、元取締役の島田さんや元顧問の相嶋さんの遺族らは、警視庁公安部による大川原氏らの逮捕、および検察官による起訴等が違法であるとして、東京都(警視庁)および国(東京地検)に対して、総額約5億6500万円の損賠賠償請求訴訟を提起しました。

 

国賠訴訟で現役捜査員が「捏造」を証言!

 2023年1月から始まった裁判では、警視庁の関係者は捜査の正当性を主張することに終始。しかし、6月30日、高田弁護士によると、「本件は経産省がしっかりと解釈運用を決めていなかったという問題が根本にあるものの、公安部がそれに乗じて事件をでっちあげたと言われても否めないのでは?」という質問に答えて、濵崎警部補が、組織の捜査を「まあ、捏造ですね」と断言した、というのです。また、時友警部補は、「捜査幹部がマイナス証拠を全て取り上げない姿勢があった」、と証言しました。

 その一方で、青ざめたであろう・彼らの上司の宮園警視(当時は警部)は「当時は着手すべき事件だった」、と捜査を正当化しました。

 高田弁護士は、「起訴取り消し」を行った経緯について質問しました。それについては、「殺菌性能を証明できない。乳酸粉末菌の実験で殺菌できなかったから」という理由と、「法令解釈を裁判官に説明できない。メモ(捜査メモ)を読むと意図的にねじ曲げたと判断される」、ということだといいます。

 

東京地裁の判決で、警視庁の逮捕、東京地検の起訴を違法を認める!

 2023年12月27日、上記訴訟の判決が東京地裁でありました。判決は、「必要な捜査を尽くさなかった」として、警視庁の逮捕、東京地検の起訴を違法と認め、都と国に計約1億6千万円の賠償を命じました。

 以下に、NHKの報道内容を引用します。

 「27日の判決で東京地方裁判所の桃崎剛裁判長は、警視庁公安部が大川原化工機の製品を輸出規制の対象と判断したことについて、『製品を熟知している会社の幹部らの聴取結果に基づき製品の温度測定などをしていれば、規制の要件を満たさないことを明らかにできた。会社らに犯罪の疑いがあるとした判断は、根拠が欠けていた』として違法な捜査だったと指摘しました。
 逮捕された1人への取り調べについても、調書の修正を依頼されたのに、捜査員が修正したふりをして署名させたと認定し、違法だと指摘しました。
 また検察についても、起訴の前に会社側の指摘について報告を受けていたことを挙げ、『必要な捜査を尽くすことなく起訴をした』として、違法だったと指摘しました。
 勾留中にがんが見つかり、亡くなった相嶋静夫さんにも触れ、『体調に異変があった際に直ちに医療機関を受診できず、不安定な立場で治療を余儀なくされた。家族は、夫であり父である相嶋さんとの最期を平穏に過ごすという機会を、捜査機関の違法行為によって奪われた』と、被害の大きさについて指摘しました。
 そのうえで、会社が信用回復のために行った営業上の労力なども踏まえ、東京都と国にあわせて1億6200万円余りの賠償を命じました。」

 

国と都が控訴、原告側も控訴!

 この判決を不服として、国と東京都は1月10日に控訴しました。

 一方、原告側も「捜査の悪質性について踏み込んだ認定がされなかった」として、同日、控訴しました。

 判決では、「事件」が捏造である、とは認めませんでした。大川原化工機側は《日本が準拠する国際基準(オーストラリア・グループ=生物化学兵器転用を防止する国際取り決め)の殺菌の定義は「薬液による消毒」と決めている。問題にされた噴霧乾燥機はその機能がない》としましたが、判決ではその主張には触れませんでした。

 

 ※以上、マスコミ報道などをもとに、「捏造事件」の概要をまとめました。今後、冤罪を作らせないためにも、この「事件」をじっくりと考察していきたいと思います。